難解の交流

太陽が昇る前のまだ暗い時間、ステラはサトシらと共にキッドの車ではじまりの樹へと出発した。
ただでさえ暗いというのに、とても濃い霧が辺り一面を覆っている。車のライトを点けていても、先導するルカリオの姿を捉えるのがやっとだ。車が大きく揺れる。

 

「まるで雲の中だわ」
「ルカリオは平気なのね」
「そうみたいだね」

 

キッドが的確な例えを口にした。
ハルカの言うことに同意する。これだけ視界が悪いのに、なぜルカリオは平気なのだろう。

 

「波導を使っているのよ」
「波導?」
「全てのものには、固有の波導があるってこと」
「それが、ルカリオには見えるのね」
「気とかオーラって呼ぶもののことですか?」
「そのとおりよ」

 

ステラの問いをキッドは肯定した。

 

「伝説の時代には波導を使いこなせる人間がいて、波導使いって呼ばれてたのよ。アーロンもその一人だったの」
「波導は誰でも使えるものなんですか?」
「いいえ、そうもいかないわ」

 

今度の問いは否定される。人も物も、すべての生き物や物質に波導はあるというが、誰でもそれが見えて使えるというわけではないらしい。

 

「波導を自在に使いこなすほどの波導使いは、記録にも多くはいないわ」

 

名前が残っていない波導使いもたくさんいると思うけど、とキッドは続けた。
そして驚いたことに、サトシの波導はかのアーロンと同じだとルカリオが言っていたらしい。それならサトシも波導が使えたりするのだろうか、と淡い期待を持った。

 

「いてっ!」

 

車の揺れでサトシは頭をぶつける。

 

「ありえないカモ……」
「……そうだね」

その様子を見たハルカとマサトの呟きに、ステラも苦笑せざるを得なかった。

 

しばらく時間が経つと霧が晴れて視界は良好になった。
だが、空は曇っており今日はまだ太陽を見ることができていない。昼間なのにこう暗いと時間の感覚がはっきりしないが、お昼時であるので草原で昼食を摂ることになった。

ルカリオに目をやると、離れた場所で岩に座りきのみを口にしていた。
タケシの手伝いから少し抜けて、ルカリオのほうへ近づいてみる。案の定、怪訝な顔をされた。

 

「ルカリオ、良かったらお菓子とかどうかな?」

 

きのみから作る、ポロックとは少し違うお菓子だ。
小さな箱に詰めているカラフルなそれをルカリオは一瞥したが、顔を逸らす。

 

『結構だ』
「別に毒は入ってないよ?」
『関係ない』

 

……だめか。
彼との関係が少しでも良好になればと思ったが、失敗に終わってしまう。ルカリオはそれ以上会話を続ける気もないらしい。
昨日のような、直接的な害があるわけではないが昨日からのこの態度、それがこのままというのもなんだか気分が悪いのも事実だ。

どうしたらいいかなぁ。
小さく息を吐いて皆の所へ戻る。歩きながらお菓子を一つ口に入れた。うん、自作だけどおいしい。自画自賛しているとタケシの大きな声が聞こえた。

 

「あ、こら!」
「ん? ……ウソハチだ」

 

我に返ると、ステラの横を一匹のウソハチが通り過ぎていく。そのウソハチがホットサンドの乗った皿を持っていたのを見て状況を理解した。昼食を盗んで逃亡したらしい。
追いかけようとすると、ウソハチが逃げた先でルカリオが皿を取り戻していた。

 

『人のものは盗るな。これをやる』
「ウーソッ」

 

差し出したきのみに飛び付いてもぐもぐと食べるウソハチに、ルカリオは口元を緩ませていた。
意外な一面を見たような気持ちになったが、決して意外でもないことに気が付いた。
そもそもオルドラン城に仕え、勇者アーロンの従者をしていたというのだから人格に大きな問題があるはずがない。アイリーン女王に対する昨日の態度だって、礼節をわきまえたものだった。

──数百年前に封印されて、目覚めたら自分の知る時代ではなかった。
そんな事態に陥ったら、一体どんな気分だろう。

改めて考えてみればルカリオの混乱はおそらくステラの想像を絶するもののはずで、見知った者が誰もいないという孤独感も想像に難くない。
これで昨日会ったばかりの者に快く接するなど無理だろう。だからこそ、ルカリオの尖った態度にも納得ができるのだ。決してそれだけが原因と決め付けられもしないのだが。

でも今のままっていうのは……ちょっと嫌だな。
ステラはルカリオの傍を通り過ぎて、岩陰に隠れたウソハチの前にしゃがむ。

 

「ウソ……?」
「お腹空いてるなら、どうぞ食べて」
「ウソッ」
「ウソじゃないよー」

 

鳴き声だってわかってるけど。
持っていたお菓子差し出すと、ウソハチは喜んでそれを受け取った。
立ち上がると同時に風が吹くと雲が晴れていき、ようやく太陽が顔を見せた。

 

 

太陽が出てきたのか、日の光が樹を照らした。
訳もわからず来てしまった岩山は不思議な所だ。来てしまったというよりは連れてこられたと言うほうが正しいが。

ミュウのお気に入りの場所には大量のおもちゃがあったので、退屈はしないのがガーディにとって救いだった。

 

「ワウ」
「ニャ? 開けてみろって? ……んニャア!?」
「ッ! ワフッ」

 

引っかかった。
一緒にここへ来たニャースへとある箱を薦めて開けさせると、バネブーのおもちゃが勢いよく飛び出した。

 

「ニャんだかニャ……。知らないとこなのに、おみゃーずいぶん平気そうだニャ」

 

そう言われればそうだった。仮にもパートナーと離れてしまっている状況だというのに、なんとなく心には余裕がある。

 

「ワウ……ワウン」
「ニャ? ステラが迎えに来てくれると信じてるからって?」

 

頷いたガーディに、ニャースはどこかハードボイルドを背負ってうんうんと頷いた。

 

「ニャるほど、おみゃーらの絆は強いのニャ」
「ワウ!」

 

ニャースの言葉にしっかり頷いた。
ガーディは立ち上がると、葉を敷き詰めたかごで眠っているピカチュウへ駆け寄る。ピカチュウはまだ目を覚まさず、ミュウはずっとその周りを飛んでいる。

 

「ワウ?」
「ミュー」
「そのうち目を覚ますニャ」
「ミューッ」

 

そのうち自分も徐々に眠気に襲われ、少しだけ眠ることにする。
どのくらい時間が経過したかはわからなかったが、しばらくして体を揺すられる感覚とミュウの声で起こされた。

 

「ミュー! ミュー!」
「ワウ……?」
「ピーカッ」

 

目を開けるとピカチュウがにこりと笑いかけてきた。どうやら目が覚めたらしい。

 

「ワウッ!」

 

早速追いかけっこのようなものが始まり、ミュウもとても楽しそうだ。木の傍でうとうとしていたニャースも目を覚ましたのが見える。

 

「ニャ……? おお!ニャんだかいい感じなのニャ! ……ニャニャニャ~!?」
「ワウ!?」
「ピカ!?」

 

突然ニャースが木の中へ吸い込まれるように入ってしまった。
驚くガーディとピカチュウをよそに、ミュウはごく自然にその木へ顔を突っ込んだ。
おっかなびっくり真似をしてみると、木の中は不思議な空間になっており、緑色の球体がふわふわと上へ流れている。

 

「ミューッ」
「……ワウッ」
「ピカチュ!?」

 

顔だけではなく体すらも木の中へ滑りこませると、ミュウはその球体に乗り上へと上がっていく。
それを見て好奇心をくすぐられた。思い切って木の中へ飛び込み、ガーディは自分も球体へ飛び乗った。ガーディを乗せたまま球体は上へ進んでいく。
先にいたニャースの乗る球体にぶつかってバウンドしながらも進んでいき、木の内部から出た先で、思わず声を失った。

 

「ニャ……。絶景なのニャー!」
「ワウッ!」
「ピカチュ!」
「ミュミューッ」

 

どうやら岩山の上のほうへ来たらしく、そこには青く照らされた美しい山々が広がっていた。

 

 

昼食後に再び車を走らせると、途中でルカリオが立ち止まった。何かあったのかと窓を開けると、前方で勢いよく湯柱が立ち始める。

 

「間欠泉だ」
「治まるまで、待つしかないわね」
「ああ、あれっ!」

 

ハルカが声を上げたのにつられて窓の外を見ると、大きな温泉が湧いていた。
そうなると、間欠泉が治まるまでは温泉に浸かろうというのはある意味当然の流れだった。みんなは水着を着て入っていたが、ステラは足を入れるだけに留めておく。

 

「あれ? ハルカ、そのウソハチって、」
「うん、付いてきちゃったみたいなの」

 

水着に着替えて車から出てきたハルカの手には、さっきのウソハチがいた。

 

「きっとステラのお菓子がおいしかったのね」
「もしそうなら嬉しいなぁ。あ、でも」
「ウソー!」
「あっ!」

 

そのまま温泉へ近づくハルカの腕からウソハチは飛び出した。その理由は簡単だ。

 

「ウソハチはいわタイプだから、水が苦手なんだよね」

そう言うと「ウソー!?」とハルカはウソハチの鳴き声につられていた。

 

「おーいルカリオー! お前も入れよー、気持ちいいぞー!」
「気持ちいいよー!」

 

サトシとマサトの呼びかけに便乗はしなかったが、ステラも首を回してルカリオを見る。
ルカリオは考え事でもしていたのか我に返ったような表情だったが、ステラを見ると何も言わずにその場から離れていった。ひくりと顔が引きつる。……完全に嫌われてるなぁ。

温泉嫌いなのかな、とマサトが肩をすくめたが、それがステラには突き刺さった。
マサトくん、ルカリオが嫌いなのは温泉じゃなくてわたしかもしれない。

あそこまで露骨に態度に出されれば、多少なりとも心にダメージは負う。気分もだいぶ下がった。同時に、嫌いならはっきり言えばいいのに、それをしないことに対して沸々とわいてくる怒りもあった。
小さな怒りをぶつけるように、お湯から上げた足を水面に叩き付ける。案の定、水渋きが自分にもかかり服が濡れた。

 

「サトシ、ちょっと!」

 

不意にハルカがサトシを呼び、崖の上を指差した。そこには花と思われるものがある。
ちょっと見てくるよ、とサトシは崖を登り始める。するすると登っていく様子に、タケシがそれを「エイパム並み」と称したのが的確過ぎておかしかった。

少し花を凝視していたサトシだったが、運悪く足場が崩れて派手に温泉へ落下した。

 

「サトシ、山の花を取っちゃだめじゃない」

 

落下の拍子に花を抜いてしまったらしく、ハルカがそれをキャッチしていた。

 

「あー……ごめん」
「あとで植え直してあげればきっと大丈夫だよ。植物は強いから」
「そっか。じゃあそうする」

 

ステラの言葉にサトシは頷いた。

温泉から上がり日も暮れ始めた頃、ステラはキッドやタケシと出発準備をしつつ、サトシたちが花を植え直すのを待っていた。

 

「こんなもんでいいかな?」
「そうだな。ハルカ、貸して」
「はい」

 

マサトの掘った穴を確認し、サトシがハルカから花を受け取ると、急に花が輝きを帯びた。

 

『うわああああああ!?』

 

花のつぼみが開くと、その空間には先ほどサトシが崖から落下した映像が映し出された。
その映像が終わると花は再び閉じた。突然の事態に慌ててサトシたちへ駆け寄る。

 

「今のは……?」
「時間の花だわ。伝説には、波導使いに時の奇跡を見せた、とあったけど……このことだったのね」

 

時間の花と呼ばれたこれは、時の奇跡……つまりそのとき花の傍で起こった出来事を記録しておく不思議な力があるらしい。
ハルカが持っていた時は何も起こらなかった。そして、サトシも波導使いではない。それなのになぜか時間の花は反応した。

サトシがアーロンと同じ波導を持っているというからだろうか。そう自分で予想して、不思議な事態に体の芯が震えた。