Dear Miss…

目の前で起こった出来事に、ウインディは大きく衝撃を受けたようだった。

アーロンが投げた杖によってルカリオが封印されたというのは、ウインディからすれば驚くのは当然のことだろう。
怒りか戸惑いか、口を開こうとしたウインディよりも早くアーロンは動いた。

 

「すまない。勝手を晒してしまったな」

 

いつものように笑ってみせると、ウインディはますます戸惑ったらしい。低い声を漏らした。
ルカリオを連れて行くわけにはいかない。彼女すらも城へ置いてきたというのに、同じように自分を慕ってくれるルカリオをどうして連れて行ける。杖を地面から引き抜く。

 

「おそらく、私は城へ戻ることはできない」
「……ガウ?」
「ウインディ、ルカリオを連れて城へ戻れ。エストレアも心配していた」

 

そう言うと、アーロンがどうするのかウインディはなんとなく察したらしい。彼は抗議するように激しく吠えた。頭のいい子だ。

 

「わかっている。だが、このままではロータも巻き込まれてしまうというのはわかるだろう」
「……ッ」
「ここにもすぐ軍勢が来る。早く行け」

 

杖を差し出すも、躊躇うウインディはなかなか受け取ろうとしない。
嫌な場面に付き合わせ、無理な頼みをしているとわかっている。杖を持ち帰らせれば、アーロンに会ったということが彼女にも伝わる。
行かせれば、アーロンを連れ戻さなかったという罪の意識をウインディに植え付けてしまう。

 

「ガウッ……」
「私を慕ってくれるのは嬉しい。だがウインディ、お前の主人は私か?」
「……グルッ、……」
「そうではないだろう? ……お前の愛する主人を、エストレアを一人にするな。だから戻れ」

 

アーロンは笑った。自分の身勝手さに笑った。
曖昧な言葉だけを伝えて城に置いてきた。だからと言って、冷たく突き放すこともできず未練がましく触れた。
それなのに彼女を一人にするななど、どの面を下げて言っているのか。だが、もうウインディにしか頼めない。

 

「後生だウインディ。どうか頼まれてくれ」
「……ッ、グル……」
「ありがとう」

 

杖を咥えたウインディを撫でて、アーロンはすばやく崖を登る。
まだこちらを見ているウインディに一つ頷くと、決心したように彼は走り出した。それを見送ると、安堵感からか自然と笑みがこぼれた。

 

「ピジョット! 行けるか?」
「ピジョ……ッ」

 

先ほどエアームドから攻撃を受け、茂みの中へ落ちてしまったピジョットだったが、なんとか再びアーロンを乗せて飛び上がった。

 

 

電流が流れるように体が痛む。
波導をすべてミュウに渡したのだから、当然か。きっと争いは止まったはずだ。
グローブを外してアーロンは座り込んだ。立っていることすらできない。

ただひたすらルカリオに詫びた。ウインディにも。彼女にも。
彼女は怒るだろうか。泣くだろうか。自分のために泣いてくれるなら、それだけで充分だと思える。……とても悪趣味な好意の確認の仕方だな。

彼女が泣いたとしても、その時傍にいることはもうできない。そうさせてしまうのは他でもない自分であるのに。
だが、どうか幸せになって欲しい。隣にいるのは自分でなくてもいい。

 

「……っ!」

 

体が痛い。どうしようもなく苦しい。それでも思考は止まらない。

違うな。綺麗事だ。
幸福であって欲しいと心底思う。隣にいるのは自分でありたい。それができなくなったとしても彼女の幸福を願いたい。だが、自分以外の誰かがそれするのは身がえぐられる──そんな矛盾を抱えた。

中途半端に彼女を手放しておきながら、どこまでも身勝手だなとアーロンは笑う。
それでも自然と悔いはない。それは、共に過ごした彼女らを信頼しているが故なのか。

勝手なことをした。
一人にさせてしまう。悲しませてしまう。泣かせてしまう。

謝りたいことばかりで、謝っても許してもらえるとは思っていない。許してくれとは言わない。恨んでくれても構わない。
それくらいの罰は甘んじて受けよう、自分はそれだけのことをした。

彼女はアーロンを止めなかった。何をするかわかったのだろうか。止める必要はないと思ったのだろうか。
止められたとしてもアーロンはここに来ただろうから、結局は同じこと。止めてくれないほうがよかった。

でもきっと彼女は止めたかったのだと、少しだけ自惚れてみたくなる。止めたかったがそれをせずに、アーロンの意志と覚悟を受け入れた。
恐らくは無意識だったのだろうけど、それも彼女の覚悟であるのだ。

彼女が自分を止めなかったこと。
アーロンの覚悟を汲み取ったこと。
「わたしのために行かないでください」と言わなかったこと。

こうしなければ多くの犠牲が出る。しかし彼女は自分がアーロンを失いたくないがために止めるという、自身を中心とした考えをしなかった。
自分の願いを優先して、アーロンを止めることもできた。だが、自分よりも世界のために、彼女は自身の幸福を手放した。それはアーロンが手放させたも同然と言えるが、決して誰のせいでもない。

 

「……強い人だ」

 

そんなあなたのことを師として、友人として、思い通じ合った者として、私はとても誇りに思う。
そして願わくばどうか、伝わっていて欲しい。
身勝手な選択をしたが、城で過ごした日々の中で共に生きるあなたを、私は今この瞬間まで。

──この命に誓って、全身全霊で愛しているのだと。

小さく息を吐くと、ルカリオへの詫びが自然と口から漏れた。思いつくままに言葉を並べる。

 

「ルカリオ、」

 

──エストレア。

 

「できることなら、もう一度……」

 

視界がぼやけた。

 

「もう一度お前に会いたい……、──我が友よ」

 

目を閉じるに伴って涙が流れた。
エストレア、私は、あなたを愛するに値する男でいられただろうか?

会いたい。
できることなら、もう一度あなたにも会いたいのだ。

 

(前略、貴女様)

──取り急ぎ、それだけは伝えたい。