目を開けると見慣れた天井が見えた。城に来てから宛がわれた自分の部屋だ。
覚ましたての目をしばだたいていると、自分のものではない呼吸の音が聞こえてその方向へ首を動かし……飛び起きた。声を上げなかったことを自分で褒めたい。
床に座り込んで、ベッドにもたれるようにして彼女は目を瞑っている。エストレアの瞼がぴくりと動いたが、目を覚ましたわけではないようでアーロンは息を吐く。
……どうしてここに。
熱のせいでお茶どころではなかったが、昼にいつもの休憩をここで過ごした後にエストレアは仕事へ戻っていったはずだ。
だが、おぼろげな記憶を辿ると、夜になってからまた彼女が様子を見に来てくれたことを思い出した。
窓からは光が差し込み始めているので夜が明けているらしい。
彼女はこのままずっといたのだろうか。推測を確定づけるものは何もなかったが、それ以外にどう考えればいいのかわからなかった。
飛び起きた拍子に額から落ちたのだろう布を拾う。昨日までの頭痛や体のだるさはなくなっていたので、完全に回復したらしい。
エストレアの近くではルカリオが壁にもたれて眠っていた。
布団も被らずに……。私が回復しても、二人が体調を崩したら本末転倒だろう。
ベッドを出たアーロンは彼女を抱え上げてベッドへ下ろす。一昨日も同じように抱え上げたが、女性というのは皆こうも小さくて崩れそうなものなのだろうか。
彼女に布団を掛け、ルカリオにも毛布を掛けてそっと体を横たえてやる。
「ありがとう」
目を覚ました後に、また改めて言おう。
外の空気に触れようと部屋を出て、またアーロンは驚いた。
扉のすぐ傍でウインディが眠っていた。それを見て妙に笑いが込み上げてくる。まったく、この子たちは。
自分を心配してくれる者がいるのは非常にありがたいが、心配しすぎやしないか。ウインディの鼻が動いたと思うと、彼はゆっくり目を開けた。
「おはよう、ウインディ」
「……。……ガウッ!?」
「ああ、大丈夫だ。もう心配ない」
立ち上がったウインディをなだめるように撫でると、よかったと返された。
ずっと横になっていたので体が凝り固まっている。腕を回したり、伸びをしてそれをほぐす。
「本当は」
口を開いたのはほぼ無意識だった。
「本当は、風邪などではないんだがな」
「……ガウ?」
少し驚いたようにウインディは首を傾げた。わかりやすい反応にアーロンは笑う。風邪ではないのだ、きっと。
「知恵熱みたいなものだ」
一昨日、はじまりの樹へ向かった。
不慮の事態が重なり城へ戻ったが、その最たる理由はエストレアが怪我をしたことだった。ひどく慌てた。
彼女を独りにしたことを後悔した。離れるべきではなかった。一緒にいるべきだった。
先生に治療を任せ、濡れ鼠になっていたアーロンはやむを得ず部屋に戻ったが、気が気ではなかった。
傷は深くなさそうだったが、本当はひどかったらどうする。傷跡が残ったらどうする。何より……、傷ついて欲しくないからかつて軍に入ることを反対したというのに、自分で彼女が傷つく原因を作ってどうする。
アーロンは散々自分を詰った後にその夜はエストレアを心配し、彼女について延々と考え続けた。
その結果、朝になると頭痛やだるさに襲われていた。濡れたことはおそらく大きな要因ではない。
そして一つの結論に行き着いてしまった。それがわかったことは良いのか悪いのか。少なくとも悪いとは思えないが、良いと明言もできない。
だがそのくせ、昨日の昼はとっさにエストレアを引き止めた。この先持て余しそうな感情だ。
「どうしたものかな……」
「ガウ?」
「いや。お前の主人はとてもいい人だと言ったんだ」
主人が褒められたことが嬉しいのか、ウインディはのどを鳴らした。
「『アーロン様!?』」
盛大な音を立てて扉が開いた。
開けた本人たちであるエストレアとルカリオはひどく慌てた様子だったが、アーロンがいたことで安堵の息を吐いた。
『よかった……』
「起きていらしたんですか……」
目を覚まして病人がいなくなっていれば誰だって慌てるだろう。悪いことをしたな。
「おはよう」
「おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「上々だ。心配かけた」
「それはもう。ねぇルカリオ、ウインディ」
『はい』
「ガウ」
彼らもさらりと便乗し、肩をすくめたエストレアにアーロンは苦笑した。
『水を汲みに行ってきます。アーロン様、病み上がりなのですから無理はなさらないでください』
「ああ、わかっている」
ルカリオが駆け出すとウインディもそれに付いていった。
「部屋へ戻られますか?」
「いや、もう少し外の空気を吸いたい。……そういえば、早朝からエストレアに会うのは二度目だな」
「ああ、そうですね」
以前会ったときは霧が濃い朝だったが、今日はよく晴れている。
「またアーロン様の寝起き姿を拝見できるとは、今日は貴重な日になりそうです」
「……できれば今回も心に秘めておいてくれるとありがたいんだが」
「ええ、もちろんです」
すでに寝込んでいるところすらも見られているので、寝起きを見られても今さらな気がするのは置いておく。だが、少しくらい反撃したって許されるだろう。
「それよりエストレア」
「はい?」
アーロンが自分の頬を指してみせると、彼女は首を傾げた。
「寝跡が付いている」
「え……!」
慌てて頬に手を当てた彼女に、これでおあいこだなと大人げなく笑った。