「今日のブレンドはカゴの実ですね」
「さすがリーン様、正解です」
見事にその日のお茶にブレンドされたきのみを当てたリーン様を、素直にすごいと思った。長年お茶を飲み続けているが故の慣れなのかはわからない。でも自分が用意したものをすぐにわかってもらえるのは嬉しい。
「エストレア、ちょっと訊いてもいいかしら」
「はい、なんでしょう?」
話を聞こうと一度動作を止めたものの、続けてていいですよ、と言われたので再びお茶の準備を再開する。
シフォンケーキを切り分けて、他のきのみのグラッセと生クリームが添えられた皿へ乗せた。
「最近は、ここでお茶を用意し終わった後にどこへ行っているの?」
「え?」
唐突に投げかけられた質問に、皿に添えようとしたフォークがぶつかってかちんと音を立てた。
「あっ……、も、申し訳ありません……」
食器をぶつけて不快な音を出すなどしてはいけないことだ。それでもリーン様は気にした様子はなく、もう一口お茶を飲んだ。
「先ほどアーロンに会った時にお礼を言われました。『何度もお茶を届けてくださり、お心遣い感謝いたします』と」
「……」
「わたくしはたしかにアーロンとルカリオにお茶を届けて差し上げなさいと言いましたが、あの日以降は特に何も言わなかったと思うけれど?」
咎められるだろうかと思ったけど、わたしの予想に反してリーン様は怒っているわけではないらしい。ただ疑問に思ったことを言った、という感じだ。
言いあぐねていると先にリーン様が口を開いた。
「あのあともお茶を届けに行っているのですね?」
「……はい」
答えるのに少し間ができてしまったのは、勝手なことをしていたという意識があったからだ。事実、あの日以降何度もアーロン様のところへお茶を届けに行っている。否定のしようがない。
リーン様が近くの椅子を指差した。そこに座りなさい、という意味であることはわかるので素直にそれに従う。
「勝手をして申し訳ありませんでした……」
「わたくしは怒っているわけではありません。二人の休息のためにしたことなのだから、エストレアを責める理由はないもの」
でもどうして、と続けられた。
……どうして? 質問されたのに、それを自問自答していた。
どうしてだろう。リーン様から指示を受けたのは、あの日だけだった。
アーロン様に「またお持ちします」などと口走ってしまったから? そんな義務的な気持ちで行っていただろうか?
わたしが答えるのをリーン様は待ってくれている。答えなければと思うが、自分の中で考えていることが絡まっていてうまく言葉にできない。
「……わかりません」
「わからない?」
ようやく口にできたのはそれだけだった。リーン様は不思議そうに瞬きをしている。
「どうして自主的にお茶を届けようと思ったのかはわかりません。ただ……」
「ええ、それで?」
少し言葉に詰まったが、リーン様の相づちに心が落ち着かされた。
「ただ、初めてお茶を届けに行った日に、スコーンを『また食べたくなる味だ』と言ってくださったのです。それがとても嬉しかったというか……」
「あら。お茶請けのお菓子をあなたが作っているということは?」
「言っていません。言う必要はないと思いましたので」
あの日のスコーンもわたしが作ったものだった。アーロン様がおいしいと言ってくれたことは嬉しかったけど、自分が作ったと言うことはできなかった。それではまるでひけらかしているみたいだ。
作ったお菓子をおいしいと言ってもらえることは、初めてではなかった。リーン様は毎日のようにそれを褒めてくれる。それでも、アーロン様の言葉がどうしてか耳から離れなかった。
「言っていないのなら、なおさらわたくしがアーロンからお礼を言われることは間違っていますね」
「そうおっしゃらず。召し使いの善行は主人のそれです。リーン様がお礼を受け取らなければ、誰が受け取るのですか」
どちらにしても、わたしが勝手にやっていたことだ。リーン様がそのことを咎めているわけではないとはいえ、アーロン様からのお礼を言われたくてやったわけではないのだから、主人がお礼を受け取った方がわたしにとっては嬉しい。
リーン様は少し困ったように笑った。
「では、これからはどうするの?」
「これから……」
「ええ。やめる理由はないのでしょう?」
これからもアーロン様へお茶を届けに行くかどうか。
なんとなくやめるつもりでいた。元々自分の意思でやってはいたが、今までのように行き続けることはやめるべきではないかと思った。リーン様に知れてしまった気まずさがそうさせるのか。
急に行かなくなればアーロン様は不思議に思うかもしれない。だから少しずつ行く頻度を減らしていって、なんとなく最後をうやむやにする。そんな小細工じみたことまで考えていたのに、リーン様の意見はそれと反対であるらしい。
「あなた自身で決めなさい。これに関してはわたくしは何も言いません。あなたがどうしたいのか、自分で決めることはできるでしょう」
その言葉には一切の命令も強制もない。
返答に困った。さっきまでは、もうやめようと勝手に自己完結していたというのに、自分で決めなさいと言われただけでどうして困惑しているのだろう。
単純な二択のはずなのに、どちらかを選ぶことはえらく難しいことに思えた。それでも改めて考えてみると、やめるという選択肢は自然と消去されていく。
「……行こうと思います」
「そう、わかったわ。ではさっそく、今日の分も届けに行っていらっしゃい」
「はいっ」
さっきとは打って変わって、少し大きい声が出た。
最初に切り分けたシフォンケーキをリーン様の邪魔にならないようにテーブルの隅に置き、いつもどおり一礼して部屋を出た。
リーン様の言っていたとおり、やめる理由が見つからなかった。逆に言えば行き続ける理由も見つからないのだけど、自分で決めたのだからもう関係ない。
ひとまず、これからのことは区切りがついたのでそれでよしとすることにした。