そして再び始まった

荷物を自室に置きに行くのもそこそこに、報告のために理事長室へ向かう。
入室を許可されたので規律ある挨拶と共に私は入室した。

今回のドイツ支部への出張に関する報告書を提出すると、時間をかけずに目を通したシド理事長は真剣な顔で口を開いた。
いや、理事長は強面のきらいがあるので、常に真面目で厳格な表情に見えるけれど。

 

「ご苦労だった。そして、こちらからも重要な報告がある。士官学校指導員としてと、カサリステ所属人員としてだ」

 

自然と背筋が伸びた。

理事長からの説明が終わり、驚いている間もなく、同時に指示も受ける。

 

「おそらく今は、『彼ら』は校内を案内されているところだろう。帰還早々にすまないが、至急、君も合流したまえ」
「Yes,sir.」

 

返事と共に敬礼をして、理事長室をあとにした。

他の教員や生徒たちに行方を聞きながら、目的の一行をなんとか見つけることができた。
見慣れた軍服および制服のものと、見慣れない服装の後ろ姿が混ざった集団だ。

 

「ブルースマイル曹長!」

 

駆け足で追いながら後ろから呼びかけると、呼ばれた人物はこちらを振り向き、私に向かって敬礼をする。
彼の傍らにいた、とある生徒も慌てて敬礼をしている。

 

「コラール中尉殿、戻られていたのですか」
「今しがた戻ったばかりですよ」

 

呼ばれた曹長と生徒を除いた四名の男は、誰だこいつと言わんばかりに私を凝視している。

 

「コラール中尉……?」

 

ピンクの髪の男が、曹長の言った言葉を小さく反芻した。
この彼は――……いや、今は考える時ではないだろう。

 

「ああ、実技訓練担当をしていらっしゃる方だ。今後、訓練に参加する君たちもお世話になるだろう」
「マリー・コラール中尉です。どうぞよろしく、現代銃、古銃の貴銃士各位」

 

名前を名乗ると同時に軽く会釈をすればそれで挨拶はおしまいだ。彼らも私からの長ったらしい自己紹介など求めてはいないだろう。

何度も指導をし、個人的に話もしたことがあるひとりの生徒へ目を向ける。

 

「……大変なことになっていたね」

 

生徒へ近づき、視線を下げると、その右手には赤い薔薇の傷が刻まれている。
私の言葉に、生徒――マスターとなったその子は俯くように頷いた。

理事長からされた報告はあまりにも予想外だった。
昨日の夜中、東門奥にてアウトレイジャーの出現。その場に居合わせた生徒が赤い石に接触。薔薇の傷を負い、その場でUL96A1の貴銃士を召銃。
その上、アウトレイジャーによってこの子の親友であるヴィヴィアン・リントンロッジが死亡。

本日の早朝、ヴィヴィアン・リントンロッジの銃であるUL85A2からも貴銃士が召銃された。
そして直後、任務においてトルレ・シャフとの交戦により広がってしまった薔薇の傷を癒すために、絶対高貴の使えるシャルルヴィルに助力を乞うため一行はフランスへ向かったと。

まったくもって、驚きの連続過ぎて途中から驚くことを忘れてしまった。

一番気の毒で悲しく思ったのは、この生徒が不運にも『マスター』となってしまったこと。
どういった経緯があったかは不明ながら、命を落としてしまったヴィヴィアンのことだった。

まだ若い、未来ある生徒が命を落とした。
そしてこの生徒も、例えその場で死を免れても、こんな血生臭い世界へ飛び込むには、どう考えたって早すぎるのだ。

けれどマスターとなり、その上貴銃士をすでに四名も召銃しているこの生徒は、もう普通の生徒には戻れない。
カサリステの存在も知った以上、アウトレイジャー討伐のために嫌でも実戦を行わなければならないだろう。
それが、私はとても悲しいことだと思ったのだ。

 

「手を、見せてもらってもいい?」

 

生徒は返事をして、私に右手を差し出すように見せてくれる。
ああ、知っている。見たことがある。
この子が石に触れても生存できたのは、奇跡だったのか、必然だったのか。それは私にはわからない。

この子は優秀な生徒だ。実技訓練でも問題ない成績を修めていることは私が知っている。
実戦でどこまでできるかは本人の胆力によるところだが『守ってあげなければ』などと言うほど弱くはないと思っている。

でもそれは、あくまで軍属の人間としての扱いの話だ。
未来ある若者を未来まで生かす。それは今後、私やラッセルが成さねばならない大人の使命だ。

 

「……Dieu vous bénisse.」

 

両手で包むように右手に触れる。私の言葉を理解するに至らなかったのか、生徒は少し首を傾げた。

 

「失礼。フランス語だよ。あなたに、神のご加護を、と」

 

別に神の存在を信じるわけではないけれど、祈ってご加護が得られるなら、いくらでも祈ってあげるとも。
私の気遣いを素直に受け取ってくれたのか、ありがとうございます、と生徒は頭を下げた。

 

「中尉ってことは、ラッセルより偉いのか?」

 

そう言った金髪の男……ブラウン・ベス・マスケットから召銃された彼は、聞くところによれば、独立戦争においてアメリカ側で使用されたが故に生まれたジョージという人格であるという。

見た目は、かつて私も見たことがある貴銃士ブラウン・ベスと同じだったので、驚いた。もちろん、当時と同一個体であるなどとは思っていなかったけれど。

 

「随分格差あるな」

 

ピンクの髪の男、もといUL85A2の貴銃士も、私たちの階級について言及してきた。
私はともかく、ラッセルは地味にショックを受けたようだ。

 

「軍属である以上、階級制度はあるけどね。でもそれと、私と曹長が人として対等な関係かどうかは別の問題だよ、UL85A2」

 

軽く笑って言ってみれば、男は少し考えたような表情のあとで口を開いた。

 

「俺のコードネームはもうある。ライク・ツーだ」

 

その名前を聞いて、驚かないと言えば嘘になっただろう。
UL85A2の銃自体は所持している生徒も少なくないけれど。

 

「中尉もご存知の通り、世界帝軍にいた貴銃士もそのコードネームで呼ばれていました」

 

ラッセル曰く、同じコードネームを使っていたほうが親世界帝派の者が釣れるのではないかという、ライク・ツー本人の意見を取り入れたとのことだった。

 

「そう……。大変合理的だね」
「どーも」

 

切りよく会話が終わったところで、理事長へ挨拶に向かうということで私もそれに付いていく。
ジョージと十手はリリエンフェルト家から士官学校に来たばかりだから、理事長とはまだ対面していない。
世界連合軍の最大のパトロンであるリリエンフェルト家から銃、もとい貴銃士を連れてくるとは、なんとまぁすごい展開になったものだ。

理事長室へ向かう彼らの後ろを歩きながら、頭の中を整理していた。
アウトレイジャー討伐に有効である貴銃士が属したとなれば、討伐率は大いに上がっていくことだろう。

現代銃のマークス、ライク・ツーが発動できる絶対非道という力と、以前から私も知る所である絶対高貴という力。
まさか、またこうして貴銃士と関わることになるとは思ってもいなかったけれど。

私も、私の周りも、環境も。
七年前から、世界は常に変わっているのだ。