ふと気が付いた途端、周囲の喧騒が耳をつんざいた。
私は気絶していたらしい。
いったいどうして、などと自分の状況も把握できないほどバカではない。
今は、イレーネ城がレジスタンスに攻め入られている真っ最中だ。
私は、南の門からのレジスタンスらの侵入を防ぐために外へ出たが、案の定というか、絶対高貴と呼ばれる特別な力を発動させた古銃の貴銃士たちには敵わなかった。
だがどうやら致命傷はなく、気を失っていたようだ。
目だけで周囲を確認すると、レジスタンスの主力である古銃の貴銃士たちはすでにいなかった。
自分の体が五体満足であることを確認し、起き上がってみればそこは酷悪な戦いの跡である。
おそらく私のように生きている者もいるだろうが、今は確認している暇がない。
足元には私の愛銃であるサブマシンガン、近くには、見慣れたアサルトライフルが二挺落ちていた。あの兄弟も、ここまでか。
瞬間わずかに視界が滲むが、それを無視して二挺のうちの一挺を拾い上げた。まだ使えるか。
「……少し借りるね、エフ」
祈りをささげるように拾った銃を額に当て、弾倉を装填した。愛銃も拾い上げる。
イレーネ城を見上げた。おそらくは、まだ。
レンズの割れたガスマスクを着けたまま、生死はどうあれ倒れている兵たちを避けるように歩き、城へと入った。
体が痛む。けれどもその感覚は脳に伝わっていないかのように、私の脚は城内を駆け続けていた。
どの門から入ろうと、どこかしらの通路で古銃の貴銃士らは合流することになるだろう。
それに、城内と言えどお互いに遠慮した戦闘をするわけがない。戦闘が行われている場所を特定するのは容易かった。
廊下を駆け抜けて角を曲がれば、不意に目の前に青黒いような光が舞って消えていった。
その光の発生源と思われたのは、私の愛銃と同型種のサブマシンガンだった。
「きゅるちゅ……」
そのコードネームを名乗っていた者の姿は、もうない。
顔を上げれば、廊下を走る古銃たち数人の背が見えている。当然、あの人数で全員ではないだろうが、それでも。
「止まれ、レジスタンス!」
ここまで持ってきた、他人の借り物であるアサルトライフルをやみくもに発砲した。彼らは慌てたようにこちらを振り向き、立ち止まる。
似た形の、紺色の服を着た男がふたりに、戦場にはそぐわない同じ顔の少年がふたり。
「む……! また現代銃か……!」
「いえ……。お言葉ですが陛下、おそらくあれは人間の兵でしょう」
「なぜわかる?」
「……陛下は該当しないとして申し上げますが、少なくとも古銃の貴銃士は自らの源である銃しか自由に扱うことはできません。先ほどまで対峙してきた現代銃の面々も、銃は一種類。そして一挺しか所持していませんでした」
「……なるほど。あの女兵士は二種類以上を所持しているようだ」
男たちは私から目を離さずに話をしている。
こちらに向けているわけではない会話を、この距離から全て聞き取ることは難しいが、大方私が貴銃士であるかどうかという内容だろう。
どのみち、私が貴銃士だろうとそうではなかろうとやることは一つしかないだろうけど。
私を見据えた男のひとりは、帽子をかぶった男や少年たちを庇うように腕を伸ばす。
「陛下はニコラとノエルを連れて先へ。ここは私が引き受けます」
「む……」
「ラップ……!? なんで……!」
「先ほど、言葉のみとはいえニコラとノエルに庇われてしまいましたからね」
少し穏やかな笑みを浮かべて少年たちを見る男に、帽子をかぶった男は頷いた。
「よかろう。皇帝に仕える将軍としての実力と共に、我が国フランスの強さを示すがいい」
「感謝いたします、ナポレオン陛下」
ナポレオン陛下と呼ばれた男は少年ふたりを促し、廊下の先へと駆けて行った。
残された男を前に、私は構えていたアサルトライフルを下げる。
「……あの男も、貴銃士でしょう?」
「ええ」
男は否定することもなく答えた。
貴銃士にしてはいささか言動に違和感があったが、去って行ったあの男の言動と服装からして皇帝ナポレオン・ボナパルトの銃だろうか。
皇帝に仕える将軍としてとかどうとかと言っていた。ならばラップと呼ばれたこの男は、
「お相手くださり光栄ですね、ジャン・ラップ将軍」
「……我が国の歴史をご存知とは」
「故国の歴史くらい、ある程度知ってる」
奇しくも私の生まれも、その国だ。
国が同じであることに男は少し驚いたようだったが、かといって情けなどかけることはないだろう。
「さて、撃たないの?」
「その言葉、そのまま返しましょう」
「絶対高貴とかいう力を使えば、人間一人なんて一瞬なのに」
「あなたがその二挺の銃を使えば、私の不意を突いてすぐに世界帝の救援に行くことができるでしょう。……なぜ、銃を下ろしたんです?」
この男は随分冷静に状況を見ることができるようで、私を即刻撃ち殺すことをしない。なんだか意図を見透かされているようで、ほんの少し笑いが零れた。
敵ながら、この男には自然と言葉を発していた。
「……世界帝の救援は、きっともう間に合わない」
東西南北の門で止められた兵と、こちらの貴銃士は多数。
城内の戦闘で排除された現代銃の貴銃士も、ここにあるきゅるちゅだけではないだろう。
世界帝の元にはモーゼルや他の兵もいるだろうが、古銃の貴銃士の多くがそこへ向かっているはず。その状況で果たしていつまでもつか。
「私が一人出張ったところで、もうこの革命は止められない。きっとそちらの勝ち」
私という人間に大それた力はない。この状況で今さら何ができるというのだろう。
革命は始まった。世界帝による独裁は終わる。世界は変わる。
「元々、私は世界帝万歳っていう気持ちがある兵じゃないし」
一人ごちるように言いながら、アサルトライフルを手放し壁へ立てかけるように置いた。
「主君への忠誠はなかったと?」
「残念はずれ。元から誰かに忠誠を誓う性分はないだけ」
私が居場所にしたのがたまたま世界帝軍だっただけ。
私が思う正義を、私が思う道を進んでいただけ。
軍人であることで、私が思う正義を示すことができていただけ。
だからその過程で何かが違っていれば、私はレジスタンスに賛同していたかもしれない。
私にとって、世界帝が悪とかどうとか、レジスタンスが正義だとか、そういうことはどちらでもよかった。
世間から見たら世界帝軍にいる私は悪なのだろう。
誰も彼もがそう思いたいならそれでいいし、知ったことではないけれど。私は私の正義を掲げただけだ。
この戦いでは私の正義より、レジスタンスが掲げる正義のほうが強かったというだけのことだった。
「ではなぜ、あなたはここへ来たのです? 世界帝に対する忠誠もないのならば、わざわざ我々を追いかけ止める必要もなかったはずです」
言いつつ、男は銃の状態を確認するように、私から目線を外して銃を持ち替えた。
素知らぬ顔で訊いてきてはいるけれど、おそらくこの男はわかっているのだろう。だからこそ今この数分は、お互いにこれだけ余裕なのだ。
「時代が違えど軍人であるなら、理由はわかってもらえると思うけど」
私も目線を外しながら、愛銃のサブマシンガンの残り少なかった弾倉を取り替えた。ガチン、と重い音がする。
「まだ世界帝は玉座にいる。だからまだ、世界帝軍の負けが確定してない」
例えこの後そうなると確定していたとしてもだ。男と向かい合っているこの瞬間は、まだ組織の勝敗が決しているわけではない。
いくら世界帝に忠誠を誓っているわけではないとはいえ、だ。
「これだけ大きな戦いで、先に負けを認めて戦場から一人逃げるのは、部下や仲間に顔向けできないでしょう」
自分の正義を掲げた軍人であることに、わずかでも誇りを持つ者ならば。
「……ええ。その通りです」
男はわずかに微笑んだように見えた。
こうなった以上は私ができることは限られている。相手は古銃の貴銃士がひとり。他は先へ行かせてしまった。
果たしてこの場を抜けて追いかけられるだろうか。
古銃の貴銃士を直接相手にしたことは何度かあるものの、今までのような緊張はなかった。
今はどこか、高揚したような気分だ。準備運動のように、とんとんと爪先を床にぶつける。
「世界帝軍とかレジスタンスとか関係なしに会ってたら、仲良くなれたような気がしますよラップ将軍。いや……──貴銃士ラップ」
「こちらも、あなたのような軍人の相手ができて光栄です。……誇り高い軍人殿、あなたのお名前は?」
まさかそんなことを訊かれるとは思っていなかったから、つい呆気に取られた。
けれど男は真剣に、かつわずかに微笑んでいたから、茶化してもいなければ油断させる意図もないのだろうと思った。
私という軍人を認めて、自身の記憶に残すために訊ねたのだ。
私も笑って答えた。戦う前の名乗りなんて、なんとも古風で、しかし革命の決戦に相応しいじゃないか。
「マリー……、マリー・コラール中尉。どうか覚えておくといい」
「マリー・コラール。たしかに聞きましたよ」
互いに銃を構える。直後、遠くで爆発が起こったような音が合図になる。
「Va où tu peux, meurs où tu dois.」
私の誇りを掲げた小さな呟きは、走り出す音といくつもの発砲音の中で散っていった。