誇りあるアメリカ民兵へ

狙撃手は自分の居場所を知られてはならない。
自分の場所を知られたが最後、自分の命もそうだが仲間の命も危うくなる。

狙撃手が狙いを外した場合、その射撃によって威嚇されたと受け取った敵は勢いと攻撃をより強める。
そしてその勢いと増した攻撃を受けるのは狙撃手本人ではなく、その相手と対峙している仲間たちのほうだ。

だから狙撃手は決め時に撃たなければならない。
そして、基本的に狙いを外すことは許されない。外したらそれ相応のリスクを伴う。

そういう狙撃手の極意たるものは私も理解していたけれど、

 

『まぁ、俺と組んだ時にはそんな心配しなくていいぞ』

 

そんな話をした時のアインスは笑っていた。
それはきっと、外すことはないという自信と、私や他の同行する一般兵たちに変な心配を抱かせない意味があったのかもしれない。

 

『場合によってはお前はだいぶ自由に動くって聞いてるが、そうなのか?』
『あー……、まぁ、その時によって優先順位がいろいろ変わるから。どうしたって撤退が優先される時もあるし』
『そうか。お前はお前で、考えがあって動くだろうからな。何かあったら俺に無線を入れろ。力になるぜ』
『ありがとうアインス』

 

なんとも、彼という兄貴分らしい力強い言葉に心底安心を覚えた。
今までも特別幹部である貴銃士たちと出撃したことは何度かあるが、ここまで頼りにできると感じたのはアインスが初めてだった。

 

 

そんな言葉を真に受けて無線はいれたが、単独行動を咎められる覚悟はあった。
レジスタンスがこちらの輸送車両を襲撃してくることは予想されていたけれど、さすがにどういった人員配置をしているかまでは予想してもはずれが多い。

今回の目的は、こちらの資源や食料を奪う程度だろうが、それに加えて戦闘によって兵力を奪われていくのはいただけない。
けれど、古銃の貴銃士との戦闘はこちらの目的を果たせる可能性も高まるのだ。

私も含めて全員が戦闘訓練を受けた兵士であっても、まるで役立たずにする力をレジスタンス側は持っている。正確には、レジスタンス側にいる古銃の貴銃士が、だけど。
そしてその不可思議な力は、貴銃士の人数が多いほどに威力を増していく。

しかしどうやら、古銃の貴銃士全員がその力を使えるわけでもないようなのだ。銃の性能差の影響などがあるのか、力の発動に条件でもあるのか。
全員が力を使えるわけではない。そう気が付いたさっき、私は無線を入れて単独行動に出た。

息も足音も殺そうと努めるも、おそらくどこかで気付かれるだろう。しかしながら、この周辺に他者の気配は感じられない。
さすがに、場所取りの護衛にまで人員を割いている余裕はレジスタンスにはないらしい。

それならば、好都合だ。

 

「くそっ、持ちこたえろよ……!?」

 

身を低くしながら移動すると、独り言のような呟きが聞こえた。
見つけた対象まで残りわずか。私の足がこの距離を詰める速さと、相手の反応のどちらが速いか。

一対一で、戦略もくそもない。ここまで来たらもう単純に、野性的な速度の勝負だ。
ガスマスクの下で一瞬小さく息を吐き、私は低くしていた体勢から一気に対象へと突っ込んだ。

 

「Freeze, Sniper.」

 

 

らしくもなく、一瞬油断した。
いや、らしくもなくというのは少し違う。ケンタッキーは、作戦中にも関わらずつい先ほどむかっ腹が立ったばかりだった。

自分は狙撃に命を張っている。それを一言で示すことのできるモットーを掲げ、自信も持っていた。

だが今日の作戦で同行した、後輩にもあたる他の貴銃士らは、狙撃に命を張っている覚悟もないのに銃の性能としては圧倒的に自分を上回っていた。
スナイパーとして場所取りしたそこから伺う戦闘の様子からも、明らかだった。

なんで、てめぇらのがデキんだよ……。
悔しさと嫉妬で動揺したまま撃った弾は狙いを外れた。外れた弾が、向こうの戦闘にはよくも悪くも影響しなかったことがまた拍車をかける。
仲間に当たらなかっただけましではあるが──外した上に威嚇にもならねぇとか、ダサすぎだろ。

自分の撃った弾が何の役にも立たなかった一瞬、自信もなくして油断もした。
だがここは戦場だ。他の連中は戦いの渦中にいるのに、自分だけが離れた場所で落ち込んでいてどうする。

持ちこたえろよと仲間に向けた独り言を呟いた束の間だった。
後方からの人の声。『動くな』という言動からして完全に敵であると理解したが、今振り向いたら撃たれる。

……くそっ、外したとこからバレたか。
狙いを外した上に敵に場所まで特定された。ケンタッキーにとって情けなさひとしおである。

危機的状況に陥ったのは明白だったが、逆に神経は研ぎ澄まされていた。
背後にはたしかに相手がいるが、それ以外の気配は感じない。つまり相手は一人。

一言のみなのでじっくり聞いてはいなかったが、発せられた声は男のものではなかった。……女が一人?
そして、わずかに思考を逸らせた分析でわかったのは、先ほどの英語の発音からして、英語のネイティブスピーカーではないということだった。

 

「アメリカ国旗……、ってことは君は、ケンタッキー・ライフル? それともペンシルヴァニア・ライフル?」

 

分析した通り相手が女であることが確定する声だったが、名前を呼ばれて冷や汗が浮かぶ。

自分が衣服として纏うアメリカ国旗、古銃という情報から銃の名前を特定してきている。加えて、貴銃士という存在も当然のように認知しているようだ。
だが質問に答える必要はない。些細なことでも、余計な情報は与えないに越したことはない。

 

「Hello?」
「……What’s the meaning of this?」

 

だがこちらが黙っていることを煽るような英語にケンタッキーは思わず苛立ち、母国語で言葉を返してしまった。

 

「Catch you alive.」

 

相手からの返答に口元が歪んで吊り上がった。怒りでだ。
振り向いたら撃たれると先ほどは考えたが、相手はそれをしないしするつもりはないだろうという妙な確信があった。

半分ほど首を動かすと、現代銃が動いたとわかる重たい音が耳に届く。
撃たれてもおかしくはない一瞬だが、降伏する意味のハンズアップはしない。

俺を、生け捕りにする、だ?

 

「Don’t make me laugh.」

 

相手に言葉を返しながら勢いよく後ろを振り返り、鈍器にもなりうる本体で相手の手元を弾く。

だがそれと同時に、相手もこちらの動きを予測していたのかカウンターを喰らった。ケンタッキーも手元を弾かれ、互いの武器が少し離れた地面へ落ちた。

適度な間合いを置かれたが、振り返った先にいたのはやはり女が一人だった。
世界帝軍が全員身に着けているガスマスクのせいで、顔は確認できない。確認できたところでどうでもいいが。

 

「他の古銃がやってるあの力は使わないの? それとも、」

 

──使えないの? 

女が笑っているのは理解した。問いかけているようで、おそらく確信を持って煽ってきているのだということも理解した。

こいつ、どこまで知ってる。
貴銃士は世界帝軍側にもいるのが確認されているから、貴銃士が人ではない存在であることを知っているのは確定だろう。だが絶対高貴については、どこまでだ。

現状、絶対高貴を使える者と使えない者がいることを知っているようだ。もしくは気付かれたか。
そして今現在、ケンタッキー自身はまだ絶対高貴に目覚めてはいなかった。

敵をねじ伏せる圧倒的な力が使えない。おそらく相手はそう予想して、貴銃士が相手だとわかった上でなお一対一のこんな接近戦を持ち込んできたのだ。

 

「知るかよ」
「そう。なら捕虜にしてうちの拷問……っと、失礼、尋問担当に吐かせてもらう」

 

女は顔の前で緩く拳を握るとわずかに体勢を低くした。
その意味がわからないほどケンタッキーも馬鹿ではない。似たような形で構え、指をぱきりと鳴らした。

女だからといって油断はしないが手加減もしない。ここは戦場である。体格によるパワーの差を存分に生かすことが許される。
先手を打つが、相手はこちらの拳を受けるでもなくかわしもしなかった。掌を使って拳を弾くように受け流されたかと思うと、腹の真ん中へ一撃を決められた。

 

「はっ、い……ってぇな……!」

 

こちらも腕や肩に防具は着けているものの、体全体を防護するような装備はない。受けるかかわすかができなければ攻撃はダメージノーカットで喰らうのだ。

こいつ、殴り慣れてやがる。
考えてみれば当然のことだった。相手は世界帝軍に所属する『兵士』だ。
軍内で正式な訓練を受けた者であれば、多かれ少なかれ銃を使わない戦闘もこなしているだろう。けどな、こっちも、

 

「喧嘩慣れはしてんだよ!」
「っ……!?」

 

痛みでよろけた体をすぐさま立て直して放った二発目の拳は、相手のこめかみへとヒットした。
ガスマスクにかすったようで思ったほど手ごたえはなかったが、ケンタッキーは籠手の付いた左手で攻撃した分、相手へのダメージも重かったようだ。

そしてこめかみは人体の急所だと、メディックである自分のマスターが言っていた。
続けて顎へも食らわせたが、相手はふらつきながらもそれで沈むほどやわではなかった。

こちらの喉に向けて放ってきた一撃を腕で防ぐ。しかしそれは陽動であったのだと、一瞬遅れた反応の間に気付いた。
振り上げた相手の右足がケンタッキーの鳩尾を捉えた。声を上げる間もなく地面に倒れこんでしまう。痛みのあまり蹴られた箇所を手で押さえた。

 

「く、っそが……!」

 

マジで今日の俺、ダッセぇな。
仲間たちの性能差に動揺して狙いを外し、敵に背後を取られ、その上接近戦でもこの様とは。とことんだめな日であるらしい。
ぼやけた視界の中で、相手がピストルを構えるのが見える。

捕虜になんか、なってたまるかよ。
なんとか腕に力を入れて起き上がろうとした瞬間、耳に馴染みのある発砲音と共に女は弾かれたように倒れた。

この命中──。音の方向を見ると、自分の仲間が駆けつけていた。

 

「ケンちゃん!」
「無事かケン! ここは退け!」

 

親友のスプリングフィールドと、──あの距離から相手を見事に狙い撃った兄貴分であった。

普段と違って短縮したような呼び方をしたのは、敵側にケンタッキーの名称を特定させないためだろう。
だがこの状況においてはあまり意味がないというのはケンタッキーだからわかることだ。

この女は最初からこちらのことを、ケンタッキー・ライフルかペンシルヴァニア・ライフルかの二択にまで絞っていた。駆けつけてくれた仲間はそんなこと知る由もない。

仲間の声にケンタッキーは力を振り絞って起き上がり、倒れた女を尻目に自分の得物を拾い上げて駆け出した。
くそ、コンタクト落とした。視界はぼやけるが、なんとか仲間の元へ駆け寄り共に走り出す。

 

「Perfect Sniper!」

 

後方から叫ぶように投げられた声に、思わずケンタッキーは振り向いた。

ぼやけた視界であっても、女が頭を押さえながら上半身を起こしているのが見える。
先ほど命中した一発は相手の命を奪うには至っていなかったようだが、女のガスマスクが割れているのはわかった。

ぼやけて顔はわからない。だが女の顔などケンタッキーにはどうでもよかった。
気になったのは、ケンタッキーに向けたのか、女を撃った兄貴分に向けたのかわからない今の一言だ。

 

「See you next time!」

 

だが続けられた、戦場にそぐわない挨拶の言葉は自分に向けられたものだとわかった。

狙撃に命を賭けている。だからこそ狙いを定め引き金を引く時は冷静だ。
だが元来ケンタッキーは、挑発を綺麗に受け流すことができる程おとなしい性格ではなかった。

何が『また今度』だ。
その上、スナイパーとして背後をとられたケンタッキーを“Perfect”などと皮肉ってくるあたり、この期に及んでなおこちらを挑発したいらしい。
イギリス野郎並みにムカつく奴だ。

 

「That’s my line!」

 

今はやむなく撤退するが、ここまで言われて黙ってられるか。今度会ったら、やってやる。
やけくそ気味に叫び返して、今度こそケンタッキーは仲間と戦場を後にした。

 

 

「っつ~……あー、命拾いした……」

 

ガスマスクを着けてなかったらアウトだった。当たり処のせいなのか、古銃故にどこか狙いが逸れたのか。

奇跡的にガスマスクが割れるだけで済んだが、一歩間違えば私は頭をぶち抜かれて死んでいただろう。
割れたガスマスクによってできた傷か、痛む箇所から出血してるようだけど、まぁ命に別状はないだろう。
後頭部で固定されているベルトを外して、使い物にならなくなったガスマスクを完全に外した。

先の殴り合いでやられた、こめかみと顎もだいぶ痛む。喰らった場所が場所なせいか少々頭がふらふらする。
取り急ぎ、スーツの内ポケットから布を取り出し出血している頭部へ当てて応急処置をする。

結局、貴銃士を生け捕りにすることも叶わなかった。
あの一撃……他の貴銃士と思われる奴らの介入がなければ、あのままひとりは捕縛できていたと思うのに。

あの距離から、こちらの頭部を正確に狙えるだけのライフリング性能。
私を撃ったと思われるあの男もケンタッキー・ライフルなのだろうか。もしくはあれがペンシルヴァニアと呼ばれるほうなのだろうか。今はちょっとわからない。

微妙な悔しさから舌打ちすると同時に、顎に垂れてきた血を適当に拭った。
そうこうしている間に車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえる。よかった、味方のお迎えが来たらしい。
安堵感と共に張りつめていた神経が緩んだのか、それとも殴られたせいで脳震盪でも起こしたか。

同行していたアインス、ファル、ついでにエフが降りてきた途端に、起き上がらせていた上半身が再び倒れるのを感じた。

きっと三人からそれぞれお叱りを受けるのだろう。
アインスからは無茶をやったことに対して、ファルからは単独行動をとったことに対して、エフからは「せっかくアインスお兄様と一緒だったのにアンタのせいで台無しになったわよ!?」とかなんとか言われるのだと思う。

まぁ、いいか。
どうせ気付いた時には私は医務室にいるのだろう。お叱りはその時に寝ながら聞いておけばいい。

 

 

作中セリフの日本語訳

・Freeze, Sniper.
動かないで、スナイパー。

・Hello—?
もしもーし?

・What’s the meaning of this?
何がしてぇんだよ。

・Catch you alive.
あなたを生け捕りにする。

・Don’t make me laugh.
笑わせんな。

Perfect Sniper! See you next time!
完璧な狙撃手! また今度!

・That’s my line!
こっちのセリフだ!

(一部参考・引用『今日のタメ口英語』様)

 

 

 

 けれどまたひとり、古銃の銃種を特定できた。あの貴銃士はアメリカのケンタッキー・ライフルで間違いない。戦場を狙い撃てる離れた場所を確保していたのだから、その性能を備えたライフルであるのはわかっていた。随分と主張の激しいものだと思ったけれど、腰に携えた派手なアメリカ国旗を見れば、誰だって相手はアメリカ出身ないしはアメリカの愛国者だと思うだろう。

 アメリカの古銃で、ライフル。私が個人的に勉強して蓄えた古銃の知識では、少なくともそれに当てはまるのはケンタッキー・ライフルか、もしくはペンシルヴァニア・ライフルと呼ばれているかのどちらかしかなかった。ただ、元々それらは軍用ではない狩猟用の銃だ。狩猟用の銃からも貴銃士が誕生するのかがわからなかったから、いまいち自信が持てなかったのもたしかだった。けれどさっき、相手は他の仲間からケンちゃんだのケンだのと呼ばれていた。呼ばれ方からして、私の目の前にいるのは狩猟用ライフルのケンタッキーであることを確信したのだ。

 

 自分の役目を果たすためにこの場所を取って、どのくらい時間が経ったのか。

 ふとそう考えたがすぐにどうでもよくなった。考えるだけ無駄で、考えなくていいことだ。