予兆の炎

※『DOUBLE FACE』 イベントネタ

 

 

騒ぎが起こって、それに気づいてからの対応ではすでに手遅れだった。

気付けば基地は大爆発の有り様で、新型兵器どころかすべてのものが完全に破壊された状態となった。
この規模の爆発で、軽い火傷で済んだのは運がよかったと言える。

 

「……で、エフ、その手錠は新しい趣味?」
「そんなわけないでしょ! アンタ、あの状況で何見てたワケ!?」
「助けてあげたんだから怒らないでよ」
「アンタに手伝ってもらわなくても平気だったわよ」

 

それもそうかと妙に納得してしまった。

浄水業者に扮したレジスタンスの手によって地下牢に繋がれていたエフは、怒りに任せて手錠を引きちぎったというのだから驚いた。
怒りのあまりベルガーを追っ手として向かわせたけど、おそらくもう逃げられているだろう。

ガスマスクはしていたけれど、煙のせいでつい咳が出た。火傷した箇所もじりじりと痛む。

まったく、レジスタンスも派手にやってくれた。
さすがに今回の被害は大きい。爆発の規模に対してもだけど、完成間近の新型兵器がすべて吹き飛んだのだ。

開発者も、一般兵の多くも巻き込まれた。経済的にも人的にもかなり被害は甚大のはず。敵ながら敬意を表したい程だ。

 

「ハァ……もう、補佐官なんてアンタで充分ね」
「それはどーも。でも辞退かな」
「何よ、かわいくないわね」
「だって、出撃ならまだ平気だけど、仕事とプライベートは分けたいし」

 

仕事中も公的にエフといられるというのは、嬉しくないと言うのは嘘だ。
けれども、指示された出撃ならともかく、それ以外の仕事でもエフと一緒というのは大なり小なり私的な行動をしてしまいそうだ。
そんなことまでは本人の前では言えないけれど。

燃え盛る基地を見ながら、力が抜けたように地面へ座り込む。そのまま地面へと体を倒して、大きく息を吐いた。

 

「……、死ぬかと思った……」

 

口からこぼれた呟きに、傍にいるエフが反応したのがわかった。

本当に、死ぬかと思った。でもこんな所で死にたくはない。
軍人としての誇りを胸に戦うのではなく、爆発に巻き込まれて死ぬなんてごめんだ。
どうせ死ぬのなら、真正面から戦って死ぬほうがいい。だからつい、必死になって脱出した。

それに、エフのことも救いたかった。
以前の任務で、エフやファル、ホクサイは本体の銃に戻ってしまった状態で帰還したのだ。
本体が壊れてはいなかったので、世界帝の力によってこうしてまた人の姿を得たけれど。

あの時、私はらしくもなく動揺したものだ。
後に彼が再度『エフ』として復活したと聞いて、その姿を見た時はらしくもなく安堵したものだ。人知れず涙を流すくらいには。
口が裂けても言わないけど。

 

「エフも無事で、良かった」

 

本当によかった。素直にそう思っている。
さすがにこれだけの爆発に巻き込まれていたら、本体の銃だって跡形もなく吹き飛び、燃えていただろう。
復活も、二度とできなかっただろう。

エフは何も言わなかったけど、かといって特に否定もされなかった。

 

「……アンタ、医療班が来たら手当て受けなさいよ」
「そうする。エフも、手首が傷になってるから治療してもらったほうがいいよ」
「このくらい平気よ。マスターに治してもらうまでもないわ」

 

そうは言っても、手錠がかけられていたエフの手首は引きちぎった勢いもあるだろうがかなり痛々しい。
体をなんとか起き上がらせて、お互い座った状態でエフと向き合う。

そっとエフの手首を両手で包む。
傷になっている部分に響いたのか、少しだけ表情を歪めた。その表情を見て、自分の無能さについ苦笑してしまった。

 

「ごめんね。私だと、何も治してあげられない」

 

世界帝……彼ら貴銃士にとってのマスターであれば、その不思議な力により彼らの傷を一瞬で治せるらしい。

私では傷に触れてもエフに痛みを与えることにしかならない。
どれだけ優しく触れようとも、治すことはできない。その事実が、悔しい。

手を離そうとすると、空いていたエフの手がそれを阻んだ。
驚いて顔を上げる。エフの顔は少し不機嫌そうに見えたけれど、私の手を自身の傷に押し当てた。

 

「アンタはメディックでもマスターでもないんだから、治せなくて当たり前でしょ」
「……そうだね」
「でもこれ、アタシには効くみたいだから、少しやっててちょうだい」

 

つい目を瞬いた。エフの手首を私が包み、それを促すようにエフの手が私の手を包んでいる。なんとも不思議な光景だ。

それに加えてエフの言葉には口元が上がってしまった。笑いが漏れると同時に、倒れるようにエフの肩に額を押し当てた。

 

「わかった。エフも、少しこのままでいてくれる?」
「……しょうがないわね」

 

燃え盛る炎と煙の臭いで、いつものエフの香りはあまり感じられなかった。でもいつの間にか、互いの片手は自然と握り合う形なっていた。私もエフも、それに対して何も言わなかった。

肩に預けていた頭に、そっとエフが頬を寄せたのが感じられる。
それが当たり前であるかのように、私は何も言わなかった。安心が顔に現れたのか、気づけば私は微笑んでいた。

無事でよかった。それだけが今の一番だった。そして同時に、近々、きっと大きなことが起こると思った。

レジスタンスがこれだけのことを仕掛けてきたのだ。その上、何かしらの情報が持ち帰られてしまった可能性も高い。
どの情報がなくなったかなんて、基地がこの有り様ではもはや確認のしようもない。
だからただ、予感として準備をしておくしかできない。

それでも今は、このひとが無事であったことを素直に喜んでおきたい。