赤い大輪を

※IFルートの死ネタ注意。

 

 

体が熱くてとても痛い。
わずかに首を動かして自分の手を見ると、真っ赤に染まっている。

赤色は好きだけど、この赤色は黒が混ざっているようで気持ち悪い。
血のような赤、とは言うけれど、実際の血の色はちょっとごめん被る。

ああ、そういえば。
そう思ったところでぼやける視界に何者かが映り込んだ。こちらを見据えるその姿だけ、やけにはっきりと見える気がする。
ガスマスクのせいで顔は見えない。いやだなぁ、せっかくだから顔を見たい。

声が出ないので口にすることはできなかったけれど、徐にそのひとはガスマスクを外した。こちらの念が伝わったのだろうか。だとしたら嬉しい。

きれいな、キレイな、綺麗な顔だ。
変態ともいえるいい趣味をしているし、部下に対して口は悪いし、私のことをよく愚図呼ばわりしてきた。
それでも他の一般兵に対してより、私には少し優しかった気がする。そう思いたいだけかもしれない。

私の好きな綺麗な顔が、少し歪んでいるような。そんなわけがないか。
今まで何人もの部下が怪我をし死んできた。彼にとっては私はそのうちの一人に過ぎない。
共に出撃することは他の貴銃士たちより多かったけれど、私は彼の直属でも、ましてや部下でもなかったのだ。それならなおのこと思い入れも何もありはしないだろう。

でも、少しだけでいいから「役に立つ奴だった」と思ってもらえていたらいいなと思う。
これまでのことが思い出される。これが、走馬灯のようにというやつか。痛くて苦しい体に反して、頭は冷静だった。

彼が何か言ったのか唇が動いたけれど、もう何も聞こえなかった。
そうして、彼の持つ銃がこちらに向けられた。
つい口元が上がってしまう。彼に撃ってもらえるなんて、とても光栄なことだ。

──そういえば、私が赤色を好きなことにはっきりとした理由があった。だって彼が、そう呼ばれているから。

 

「     」

 

声が出ないが口を動かした。私の言葉が届いても、そうでなくてももはやどちらでもよかった。
ありがとう、さよなら。愛しのブラッディ・ローズ。

 

 

「エフー、平気ー?」
「あら、きゅるちゅちゃん。そっちはもういいの?」

 

傍にやって来たきゅるちゅにエフはいつものように返事をした。
相手が引いていったのか、この場での戦闘はひとまず終了のようだ。きゅるちゅは下に目線を落とす。

 

「あれ、このおねーさん、死んじゃったの?」

 

特に悲しみの感情は入っておらず、ただ淡々と事実を口にしている。

 

「ええ、レジスタンスの連中にヤラレちゃったみたい」
「そうなんだー。ぼく、このおねーさんけっこう好きだったんだけどな」
「そうなの、残念だったわね。……まぁ、殺したのは、アタシなんだけど」

 

ふうん、ときゅるちゅは興味なさそうに相槌を打った。興味を持ってくれないほうがよかった。

エフが来たときにはもう、彼女の体からは血が溢れかえっていた。
古銃の貴銃士にやられたのか、レジスタンスにやられたのかは定かではないが。

医療のことは何も知らないが、助かるような状態ではないというのはわかった。そこに自分が止めを刺した。
彼女の胸の真ん中に空いた傷が、最後の一撃だ。

「ほーんと、使えない愚図はやぁね」

そうだねー、と興味なさげではあったが、きゅるちゅは徐に話を振ってきた。

 

「でもエフ、けっこうおねーさんのことお気に入りだったんじゃない?」

 

言われてすぐに返事ができなかった。どうして。そんな理由など知らない。どうして答えるのを一瞬ためらったのだ。自問自答しながらもエフは微笑んで頷いた。

 

「そうねぇ。ワリと気に入ってたわよ」
「あはは、だよねぇ。自分で殺すくらいなんだからよっぽどでしょ」

 

それもそうかとようやく自分で気が付いた。
どうでもいい部下が何人死のうと、使えない子と見捨ててきた。死にそうな者がいたとて必死に助けようなどと思ったこともない。

しかし先ほどは違った。彼女が助からないとわかっていた。
それならば、遅かれ早かれ死ぬならば、早く楽にしてやろうと思ったのだ。
方向性は違えど、それは救済であって慈悲だった。そんなことを自分がするとは。

 

「どうする? 遺体持っていく? どうせだから埋めるくらいしてあげようよ」
「あら、いい考えね。そうしましょうか。ミカエルちゃんとかファルちゃんとも仲良かったし」
「じゃあぼく、先に戻って準備しとくね」

 

きゅるちゅが去ってから、改めて彼女と二人になる。
エフは自分のコートを脱いで、目を閉じる彼女の体を起こした。傷を隠すようにコートをかぶせる。
白いコートに血が付くのはわかり切っていたがそんなことはどうでもいい。

ベルトがちぎれ、レンズも割れたガスマスクは彼女の顔から外れかけている。なんて無様な。

 

「やっぱりアンタ、愚図じゃない」

 

嘲笑しながらもまだ体温の残る体をこちらへ引き寄せる。互いの頭を、こつりと小さくぶつけた。

 

『エフ、大好き』

 

撃つ前に彼女の口が動いていた。
唇の動きからおそらくはそう言ったのだろうと読み取った。間違っていなければ。確信はないので自信もない。

それまで外していたガスマスクを着け直す。彼女の体を抱き上げようとしたとき、一般兵が数人走り寄ってきた。

 

「エフ様、そちらの方をお運びするのならば我々が、」

 

当然の申し出だった。いつもならばそれが当然だとしてやらせていた。自分の手を煩わせるなと。

 

「──触んじゃないわよ」

 

だが、彼女の傍に寄り手を伸ばそうとした一般兵に、気が付けば銃口を向けていた。
ひっ、と悲鳴を上げた一般兵は謝罪と共に慌てて下がった。

横抱きにして彼女を持ち上げる。
見かけによらず重たいわね、脂肪溜めてるの? 癖のようにそんな悪態が浮かんだが、実際には充分過ぎるほど軽かった。
返してくれることはないのだから、言う意味もない。

 

……馬鹿なコ」

 

アタシは人間じゃないのに、何が『大好き』よ。そのままエフは歩き出す。

けっこうおねーさんのことお気に入りだったんじゃない?
そうねぇ。ワリと気に入ってたわよ。

歩きながら、きゅるちゅとの会話が思い出された。
先ほどは見栄を張っていたのだと気づかされる。あどけなくも見える、目を閉じた彼女を見やった。

そうよ。ワリと、どころか完全にお気に入りだったわよ。癪なくらい。
そんなお気に入りが、どこの誰かもわからない連中に殺される? 冗談じゃないわ。そんなのアタシが許すわけないじゃない。そんなことになるくらいなら、アタシが殺してあげるわよ。

だからさよなら、アタシの愛しい愚図なコ。