世界帝が特異な超常の力を得たというのは、以前に聞いたことがある。下の兵には、あまり詳しくは知らされていないけれど。
その力によって、軍の保持する銃から不可思議な存在を顕現させた。
銃から人の姿として現れたその者たちは現状『貴銃士』と呼ばれ、レジスタンスの殲滅のために大いに役立っている。
彼らは人間と同じ姿をしているが、特殊な力を使うこともある。身体能力も人並みより優れているようだ。
さすがに作戦において常に無傷というわけでもないらしいが、傷の回復は段違いに速い。
さらに、マスターである世界帝の力を借りれば、時間もかけずに一瞬にして傷が治るという。
そんな話を聞いた時、何をバカなことをと思った。
そんな存在はあり得ないと思った。実際に対面してもいなかったから、半信半疑だった。
けれどもう目の当たりにしてしまったから、嫌でも私は貴銃士という超常の存在を認めなければならなかった。
貴銃士らはその特異性ゆえに、軍の戦力としては新参者のくせに特別幹部などという地位を与えられている。
彼らにも、体面上で上官となる者たちはいる。しかし貴銃士たちはある意味で世界帝の直属なため、そんなことはお構いなしに好き勝手やっている。
なんともいいご身分だと思う。
ただ私も関わりが一切ないわけではない。
以前に、ファルという貴銃士と話をした。しかしまぁ、意外にも関わった時にはそれほど腹が立つことはなかった。
特別幹部の率いる隊に入り出撃せよという命令が出ることもあるし、その度に腹を立てるわけにもいかない。嫌悪感がないのはいいことだ。
世界帝の体調に左右されるらしいのだが、現在も着々と新しい貴銃士が生み出されている。
その辺りの詳しいことは知らないけれど、最近新しい顔も増えた。
「ちょっとアンタ! どうしてくれんのよこれ!」
「も、申し訳ございません……!」
ふと廊下で大声が聞こえ、移動ついでに声の方向に歩みを進めてみればその根源を見つける。
白いコートを着た者と、一般兵がいた。白いコートのほうは城内にも関わらずガスマスクを着けている。
顔は見えないが、あれはたしか最近に召銃された貴銃士だ。
貴銃士は現在、男性の姿しか確認されていないが、あの貴銃士はなかなか言葉遣いにクセがあるようだ。
たしか……コードネームをエフといったか。
ファルの弟にあたる銃らしい。
「愚弟が召銃しましたので、もし出撃に同行の際はよろしくお願いしますね」とこの前言われたけど、実際に本人と言葉を交わしたことはない。
そして、どうやら嫌な場面に遭遇してしまったようだと理解した。
おそらくあの一般兵が何かをやらかして、特別幹部サマの機嫌を損ねてしまったのだろう。
関わらないのが吉だろうが、しかしながら見過ごすのも後味が悪く思えて仕方なく声をかける。
「失礼。特別幹部殿、その一般兵が何か?」
「ハァ? なに? 誰よアンタ」
「ち、中尉殿……!」
私の顔と肩書を知っている兵だったらしい。
私の部下にあたる兵ではないけど、知ってくれていたことに好感が持てたのでやはりここは助けてあげよう。我ながらあまりにも簡単な手のひら返しである。
貴銃士のほうは「中尉ィ?」と訝し気な声と共に私を見てきた。
せめて形式的な挨拶はしなくてはと敬礼をする。
「お初お目にかかります。マリー・コラール中尉です」
「……ふぅん。アンタみたいな愚図っぽいヤツがそんな階級持ちなんて、よっぽど軍のレベルが低いのかしら? アタシが来て正解ってワケね」
ああ、なるほど。こういうタイプか。随分と女王様気質らしい。
「失礼ながら、貴官はまだ出撃したことはないと伺っていますが」
「そうね。でもさっそく、これからアンタなんかより遥かに功績を上げることを約束してあげてもいいわよ」
得意げな声はかなりの自信をまとっている。
生まれながらに特別幹部などという地位に着けば、そうもなるか。
いや、その地位が天狗の原因なのか、元々そういう性格なのかはわからないけど。
びくびくとおびえた様子の一般兵を押しのける。
「行って」
「え……?」
「ちょっと、アタシはその超愚図な兵士ちゃんに用があるのよ。アンタに何の権利があるの?」
「私の管轄の兵なので。部下の失敗の尻拭いでしたら、私が聞くのでよろしいでしょう?」
ほら早く、と一般兵を押しやる。
実際は私の部下ではないけど、これの相手ができる度胸のある兵ではないだろう。
でも逆に、嘘をついてまで逃がそうとしている私に恩を感じる性格ではあるようでなかなか立ち去らない。
「し、しかし……っ」
「あー、わかった。わかったから。じゃあ一緒に行こう」
「へ……?」
一般兵の隣に並び、腕を掴んで一緒に歩き出す。
もはや目の前の貴銃士など無視を決め込むことにした。素知らぬ顔で逃げるが勝ち。戦略的撤退も時には重要であり必要だ。
結局、彼らは何が原因で揉めていたのかも知らないけど、もうどうでもよくなった。
「ちょ……っと、待ちなさいよ! アンタなにアタシのことスルーしてんのよ!」
後ろから肩を掴まれて、そちらを向くことになった。
ガスマスクに隠れて表情は相変わらずわからないが、声音からしてまぁ怒っているのだろう。わかり切っているけれど。
ゆっくり、相手と視線を交わらせるように見上げる。
どのみち私も彼の相手をしたくはない。なぜなら、
「私は、顔も見せない方のお相手をするほど暇ではありませんので」
これから、上官からの指令を聞きに行かなくてはならないのだ。
空気が固まったような気がした。
「……あら、言ってくれるじゃない」
口調は女性寄りだが、声は低く響いた。
肩を強く掴まれる。すると彼は自身の頭の後ろに手を回したかと思うと、勢いよくガスマスクを外した。
決して、相手をして欲しいなら顔を見せろという意味を込めてはいなかった。
単純に、彼の態度に多少腹が立ったのと、半ばどうでもよくなっていたのが大きかっただけだった。
「アタシもね、アンタみたいな愚図におとなしく言わせておくほど寛容じゃないのよ」
白い肌によく映える紫色の瞳、今は怒りで眉が吊り上がっている。
口調に合っていると思えるどこか女性的な顔立ちだけど、たしかに男性であるとわかる。
兄弟というだけあって、ファルにも似ている。
突然に露わになった素顔に、なぜだか素直に驚いてしまった。
同時に、目を瞬いてその顔をじっと見ていた。
「……綺麗」
思わず口から言葉が漏れた。
「……は?」
「ああ、いえ、申し訳ありません。美しいお顔だと思いまして」
そう。綺麗だ。
目の前に見る彼は美しかったのだ。つい、口から馬鹿みたいに素直な感想が出てしまうくらい。
貴銃士エフは、綺麗。
そういった情報が完全に脳に刻まれるくらい。
「アンタ……、馬鹿なの? 状況わかってんの?」
「状況がどうあれ、綺麗なものはいつだって綺麗だと思いますが」
たしかに今言うべきことではなかっただろう。しかし言ってしまったから仕方がない。
彼は眉をひそめたまま少し黙ったが、やがて私の肩から手を離した。
「なによ、結構わかってるじゃない」
先ほどとは一転して、どこか機嫌良さそうにふふんと笑っていた。
「いいわ。アンタに免じて、今日はその兵士ちゃんを許してあげる」
「あ……、ありがとうございます!」
一般兵はこれでもかというほど頭を下げている。
意外にも私の一言は功を奏したらしい。『お仕置き』とやらを受けずに済んだ一般兵は急ぎ足で去っていった。
ファルといい、この彼といい、いったい一般兵になにをどうしているのか。おそらく、そのうち嫌でも知ることになりそうだ。
「ご寛容に感謝します、特別幹部エフ殿」
「あら、アタシのコト知ってたの。ま、当然よね」
一応さっき名乗りはしたけれど、どうせ相手は私の名前など知らないし、覚えてもいないだろう。彼がこちらに興味をもつとは考えづらい。
さて、と私は本来行くべきだった場所を目指して「では、失礼いたします」とエフの横を通り過ぎる。
「アンタ、その取って付けたような敬語と態度やめていいわよ。本性出てるから」
つい立ち止まった。
特別幹部などという地位を持つ貴銃士らに対して、いい印象を持っていなかったというのは事実だ。
そして、たしかに彼に対して心からの敬意などというのは言葉にも態度にも載せていなかった。
しかし私が驚いたのは、敬意がないことがばれていたからではない。そのことに対して彼が逆上もせずに認めたことだ。
……本性か。
彼が私のことをどう受け取ったかはどうでもいいけれど、やめていいと言うのであればそれはありがたくそうしよう。
「そう、わかった。それじゃあね、綺麗な貴銃士さん」
遠慮なく言葉通りにさせてもらう。
振り向かずにひらりと手を振って、再び廊下を歩いた。
エフ……エフか。綺麗なひとだった。
これからいい目の保養になりそうだ。
そんなことを思っていた私は暢気だった。どこで情報が拗れたのか、なぜだか『私が貴銃士エフと仲がいい』などという話が上官に伝わったらしい。
おかげでこの日以降、特別幹部の率いる隊に入りと出撃しろという命令は、たいてい率いているのがエフであることが多くなっていったのだった。
(はじめまして、美しいあなた)