「すみません、注文お願いしますー」
「はい、今参ります」
声をかけられてテーブルへ向かう。えーと、と注文を述べようとした女性のお客様はこちらを見て、あら……とまばたきをした。
「ミエルくん……?」
「え?」
「あ……、ご、ごめんなさい! あなた、ここの新しい人?」
「はい。一週間前からここで働いています。フロアは今日が初めてですが」
「あ、そうなの……。急にごめんなさい。前にここにいた男の子と似てて」
「そうでしたか。その人もミエルという名前の方だったんですか?」
「え……その人もって、」
「実は私も同じ名前なんですよ」
「えー! ほんと!? え、双子とかじゃなくて?」
「残念ながら私、女のきょうだいしかいないんです」
「そっかぁ……、えー、でもすごい。びっくりしたぁ」
ぱちくりとまばたきを繰り返すお客様から注文を聞き、伝票へメモをする。それではお待ちください、と会釈して背を向けた。
ねぇ、ほんとにミエルくんに似てるよね?
でもあの子、スラックスはいてるけど明らかに女の子だったよ?
だよね、しかも金髪だし。
そんな会話が聞こえつつ厨房へ戻る。
「四番テーブルに注文です」
「了解ー」
振り向いたポッドくんの横に並び、ガス台の上にフライパンを置いた。熱したフライパンに食材を載せて火を通している間に、オーブン皿に別の食材を載せオーブンへ入れる。
「見違える手際の良さだな」
「でしょう?」
そう言って嬉しそうに笑うポッドくんに私も笑い返す。
「ミエルは調理師だもんなぁ」
「うん、そうだよ!」
*****
『この半年で、どういう答えを得たんです?』
コーンくんの問いに私はその答えを示した。その答えに、三人は随分驚いていた。
『うそだろ……』
『本物かい?』
『偽造の可能性が……』
『三人ともひどい』
無理もないとは思うけど、さすがに言い過ぎでは。
空白期間に私が取得したもの──差し出した調理師免許に、三人はまるでこの世のものではない物を見るような目だったのは、きっと一生忘れないだろう。
『それと、』
再びバッグを漁り、A4サイズの白封筒を取り出す。緊張をなんとかほぐすように深呼吸をし、三人と向き合う。
『朝早くから突然に訪問してしまい申し訳ありません。ライモンシティ出身のミエルと申します。募集しているようであれば、サンヨウレストランのスタッフ採用面接をしていただけないでしょうか』
私が差し出した封筒の中身を確認し、履歴書の入ったクリアファイルを取り出した三人はまたひどく驚いていた。
*****
私は『ウェイトレスのミエル』としてここで働くことになった。
今度はもう、借金なんてない。不可抗力による労働ではない。私が自分で希望したのだ。
三人はそれを了承してくれた。
しっかりとした面接をして、私の能力を見て採用を決めてくれた。そこに、知り合いだからという温情がまったく入っていなかったのかどうか、そこは私はわからないけれど。
それでも以前のままの私だったなら、希望したとて正式な面接ではきっと落とされていただろうと思う。だから少なくとも、正式な採用を決定してくれるくらいには今の私の能力を買ってくれたと思っていいだろう。
だけども三人は、私をフロアに出すことには不安があったようだった。
それは以前のような、こいつに接客は無理だろうという能力を鑑みた考えからではない。言わずもがな、私は以前ここでのお客様からは男と勘違いされていたからである。
『ミエルくんが戻ってきた』という設定にするのも考えられたが、今の私はもう期間限定の従業員ではない。そのうちに性別がばれ、お客様から怒りを買うのは得策ではない。
だからもういっそのこと「他人の空似ですね」と開けっぴろげに対応することにした。『ミエルくん』とは顔も似てるし名前も同じだが『私』とは赤の他人だと、堂々としらばっくれることを選んだ。こちらがこそこそしなければ、お客様も追究の余地はなくなるだろう。少しずるいかもしれないけれど。
「ミエル、金髪も似合ってるな」
「そうかな。ありがとう」
「とういうか、そもそもそっちが地毛なんだろ?」
「うん、そう」
『ミエルくん』との違いとして、以前は茶色に染めていた髪は染めるのを止めた。姉さんにコンプレックスがあったものだから、少しでも姉さんと違うようになろうと染めていたが、どのみち今の私にもうそれは必要ない。
「今度はミエルちゃんで馴染むといいよな」
「さすがにこれで君付けだったら、私もう性転換手術しないといけない気がする」
「ははっ、まあ大丈夫だろ」
鮮やかにデザートを完成させていくポッドくんは、くつくつと喉を鳴らしている。その隣で私も手は休めず、順調に調理を進めていく。私の手際を見ながらポッドくんは嬉しそうに笑ったが、なぜかふと物憂い気な顔をした。
「どうかした?」
「いやー、ミエルがこうして調理もまともにできるようになったのはほんとにありがたいし嬉しいんだけど」
「うん?」
けど、なんだろう。すると私たちの会話を聞いていたらしいデントくんが「ああ」と会話に参加してきた。
「言いたいことわかるよ、ポッド」
「だよな」
「ごめん、どういうこと?」
二人の意思疎通に参加できず、私は首を傾げるしかない。
「調理できないミエルがいないのも寂しいなーってことだよね?」
「お、そうそう。さすがデント!」
「えー!?」
「できるようになって欲しかったのは確かだけど、こうして巣立たれるとなかなか寂しいもんだな」
「うん、すごくわかるよ」
「巣立つマメパトを見るケンホロウの心境だ」
「ミエル、立派になったね……」
「……嬉しいけどなんか複雑だよ」
褒められているはずなのだが、なんだか腑に落ちない。というよりは。
「できない私のままだったら、私ここにいられないよ」
そう言うと二人ははたとまばたきをする。そして思い出したように笑った。
「それもそうだな」
「ミエルがいないほうがきっともっと寂しいよ」
「ほんとだよな」
「そこまで?」
調理中で手が塞がっているからか、ポッドくんは二の腕のあたりで私の頭をうりゃうりゃと雑に撫でた。
「何を遊んでいるんですか」
「いてっ!?」
「注文が押しますよ」
不意に後ろからの攻撃音にポッドくんが声を上げる。フロアから戻ってきたコーンくんが、注文票を挟むボードをポッドくんの頭に当てていた。角の部分を。痛そう。しかしながらおそらく私にも向けれられたであろう注意に、慌てて手を早める。
「デントも。何この二人と一緒にふざけているんです?」
「ごめんごめん」
「おい、どういう意味だコーン」
この二人、という括りにされたのは間違いなく私とポッドくんだ。どういう意味だと尋ねたポッドくんだったが、おそらく肯定的な意味ではないというのは私もわかった。つい苦笑したがポッドくんは不満げにむくれていた。
「なんだよもう……」
「なにか?」
「なんでもない!」
目ざとくポッドくんを見たコーンくんの視線に、ポッドくんは即答していた。更なる物理的な注意を警戒した結果だろう。そんな様子につい笑ってしまった。やりとりがおもしろいという意味と、この空間に自分がいられるという嬉しさでだ。
嬉しい。楽しい。ここに居られて、とても。
「ミエル、なに笑ってるんです?」
「うん。ごめんなさい」
コーンくんからの注意がこちらにも向けられたが、どうしても緩んでしまう顔を抑えられずにそのまま謝る。
「何ですか、まったく」
少し驚いたようだったが、つられたようにコーンくんも笑った。
必然的カルテット
───四重奏