称賛的オブリガート

時々忘れそうになるが、このサンヨウレストランはイッシュ地方におけるポケモンジムのひとつだ。

ポケモンリーグへ出場するためには、最低八つのジムバッジを所持している必要がある。
どの地方でもそれは共通の決まりだし、私のようにリーグ出場を目指している者でなくとも、ポケモントレーナーであれば多くの人は知っていることだ。

少し話が逸れるが、イッシュ地方ではカノコタウンに研究所を持つアララギ博士という人が、初心者用ポケモンを渡す権利を持っているらしい。
そのせいなのかはわからないが、カノコタウンでポケモンを貰った新米トレーナーがサンヨウジムに来ることは多い。近くのジムで腕試しをしたいと思うのだろう。もちろん、ジムを巡る順番は人によって違うだろうけど。

そして、サンヨウジムに初めて来た大抵のトレーナーは、ジムであるはずのここがレストランであることに驚く。きっと、今扉を開けたこの男の子もその一人だろう。

 

「え、えっと……あれ? ここってジムじゃ……?」

 

困ったような表情で手近にいた私を見る。やっぱり挑戦者の人だったか。

 

「ようこそお客様、ジムリーダーへの挑戦でよろしいですか?」
「は、はい」

 

挑戦者に対しても接客と同じように笑顔で、且つ取り次ぎは迅速に。

女性客が多い故なのか、闘志あふれる挑戦者は、男女問わずこの空間では少し浮いてしまう。そんな中に長く置くのは気の毒だ。

 

「みんな」

 

たまたま全員がフロアに出ていたので声を掛けると、すぐさま理解した彼らはジムリーダーの顔に変わった。

 

「いらっしゃいませ、チャレンジャー!」

 

それによって、女性客の方々が「キャー!」と声を上げた。もちろん声は黄色に色づいている。
ウェイターとは別の“ジムリーダー”である彼らの姿に、バトルフィールドの二階のギャラリーへ移動した女子の皆さんはチアの格好をして声援を送り始めた。初めてあれを見た時にはさすがに引くほど驚いたが、何度か見れば慣れるというもので。

 

「こちらへどうぞ。頑張ってくださいね」
「は、はい!」

 

戸惑いがちだが力強く返事をした挑戦者を、レストランに併設しているバトルフィールドへ案内する。挑戦者の男の子は、このジムが三人の内一人を選んで戦うという仕組みであることに驚くのだろうなぁ。
ジムリーダーたちへの取次ぎを終えたので、厨房へ戻ろうとそちらへ向かうと「ミエル」とデントくんの声に呼び止められた。

 

「今日は見ていきなよ」
「え……いいの?」

 

私が働き始めてから、ジムへの挑戦者が来ることもジム戦を見たことも何度かあるけど、その全てを見たわけじゃない。
厨房での仕事が詰まっていたのでやむを得ず見なかったこともあった。でも大抵は違う理由だ。

ここで働かせてもらっている身ではあるが、それはレストランに限ったことであって、ジムの運営に関して私は部外者なのだ。だから半ば辞退していた。

 

「今は厨房が忙しいわけでもないし、せっかくだから。ね?」
「え、と。じゃあ……お言葉に甘えて」

 

フィールドにはすでに挑戦者がいて、対戦相手にコーンくんを指名したらしい。審判はポッドくんが務めるようで、私はデントくんに連れられて隅にあるベンチに腰を下ろした。

 

「行け、ツタージャ!」
「ヒヤップ、頼みますよ」

 

そのバトルはとても熱いものだった。
相性でいえば不利なヒヤップだが、コーンくんの的確な指示により動きに無駄がない。デントくんとポッドくんのバトルはそれぞれ見たことがあったけど、コーンくんのバトルを見るのは今回が初めてだった。

すごい。とても楽しそうで、でも負ける気など微塵も感じさせなくて、見る者を引き付ける魅力的なバトル。緊張と興奮が混ざる空気、激しくも冷静な技の応酬。

ああ、やっぱり。どこでも共通しているものなんだね。これらのすべてを、私はよく知っている。

 

「ミエル、どうかした?」
「うん、すごいなって」

 

無意識に握っていた拳を解いて、指を動かす。
“ジムリーダー”という肩書きを持つ人は、決してその名に恥じない実力を持っていることは充分に知っている。
ポケモンジム監察局の審査を合格し、ポケモンリーグ公認のバッジを渡すことを認められたジムなのだから、当然か。
見入ってしまう。ジムリーダーとしてのコーンくんの姿は、とても素敵だ。すごくかっこいいと思う。

私がジム戦の見学を遠慮していた本当の理由は、きっとこれだ。
ジムリーダーというすごい人の存在を目の当たりにしたくなかったのだと、気づいた気がした。

 

 

コーンくんがジム戦で勝利を収めた後も、いつも通りにレストランの仕事に戻り今日もその営業を終えた。
シンクや床を綺麗に磨いたり、食器を片付けたり、今日の売り上げを確認したりと各々が厨房で仕事の仕上げだ。

 

「そういえばさ、ミエルってバトルするのか?」
「え? うん、まあ。するはするけど、普通だよ」

 

ここに来るまでの生活の収入源は、日雇いバイトの他にポケモンバトルによるファイトマネーだったりしたのでバトルはする。とはいえ、特に高い実力を持っているわけでもなく戦績は普通だ。

 

「エモンガとシママは元気かい?」
「うん、元気だよ」
「またポケモンフーズをやってないとか言わないよな」
「失敬な! ちゃんとごはんあげてるよ!」

 

さすがに今はポケモンフーズを買えるくらいの所持金はあるので、以前のようにひもじい思いはさせていない。

 

「ミエルはでんきタイプが好きなんですか?」
「そうだね。うん……好き、かな?」
「疑問形で返さないでください」

 

私のポケモンたちを見てそう思うのは、別におかしいことじゃない。誰だってそう思うだろう。

コーンくんからの追究には、曖昧に笑って濁すことにした。

 

称賛的オブリガート
───助奏